2019年11月29日から30日、神戸医療産業都市におけるベンチャー企業の育成・支援を目的とした「第1回 神戸グローバル創薬開発ワークショップ」が開催された。
2日間にわたるプログラムでは、初日にバイエル薬品のドイツ・Bayer本社が制作した製薬開発業務の体験シミュレーションを実施。翌日は製薬企業のカーブアウトベンチャーによる経営談と、特許庁スタートアップ支援チームより知財戦略に関するレクチャーが行われた。スタートアップや大学関係者、研究者、学生等が全国から参加し、創薬開発に必要な知識を学びながら互いに交流を深めていた。
神戸医療産業都市は、360を超える国内外の企業や先端医療研究機関、病院、大学等が集積する日本最大の医療・バイオメディカルクラスターである。拠点となる神戸市の人工島ポートアイランドには、先日「富岳」に代替わりしたスーパーコンピューター「京」を運用する理化学研究所 計算科学研究センター(R-CCS)や、バイエル薬品による国内初のスタートアップ インキュベーションラボ「CoLaborator Kobe」といった様々な専門施設が集まっている。
ワークショップを主催する神戸医療産業都市推進機構(FBRI)はノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏が理事長を務め、神戸医療産業都市に集まる産学官医の橋渡しとなる知の拠点として、起業やイノベーションを創出する支援活動を行っている。
架空のグローバル製薬企業の社員として
抗がん剤パイプラインの開発戦略や優先度を議論
今回のワークショップは、架空のグローバル製薬企業の社員として抗がん剤の新薬候補パイプラインの開発戦略や優先度を議論し意思決定するまでの流れを、7つある部署に分かれてそれぞれの立場から体験するというもの。シナリオはBayer本社の業務をベースにしており、外部にはあまり知られない製薬企業の業務をより実地に近い形で体験できる貴重な機会になっていた。今年3月に京都大学で主に学生を対象に行われた「バイエル創薬開発ワークショップ」をきっかけに神戸での実施が進められた。
まず最初に進行を担当するバイエル薬品主幹研究員の藤村健氏より、作業に必要ながんの基礎知識と薬品開発の市場背景などが説明された。
がんの種類はたくさんあり、基本的な治療法は大きく手術、化学療法、放射線療法の3つである。だが、次世代には細胞および遺伝子療法などが導入されるようになり、医薬品の開発はそうした背景に加えて開発コストや時間を考えながら何を狙い、さまざまな患者さんの医療ニーズにどう応え、価値を追求するかが重要となる。
開発業務は複雑で多岐にわたり、部門間のコラボレーションが不可欠になっている。だがそれぞれがどのような業務を行っているか知る機会が少ないことから、Bayer本社では社内教育として創薬開発シミュレーションを開発したという。
今回実施するシミュレーションの詳細と基本情報として抗がん薬開発の現状についてバイエル薬品主幹研究員の藤村健氏よりレクチャーが行われた |
具体的な架空のシナリオは、アメリカに本社がある製薬会社Ygeia(イゲイア)社が販売しているOncoStarという製品が、あと4年で特許が切れるのを前に4つの開発候補品を検討もしくはそれに続く商品を必要としており、各部門の観点から与えられた資料やプロファイルシートを検討して、その結果を発表する。
参加者が振り分けられた7つの部門は、①プロジェクト管理、②創薬・前臨床開発部門、③臨床開発部門、④薬事・特許および法律関連部門、⑤医療経済・アウトカム研究(HEOR)部門、⑥マーケティング販売部門、⑦メディカルアフェアーズ・ファーマコビジランス部門であり、実際に業務を担当しているバイエル薬品の社員が解説を行った。社員はそのままメンターとしてシミュレーションに参加しており、様々な質問ができるのも本ワークショップの特徴である。
各部門の業務内容を実際の業務を担当するバイエル薬品の社員が解説し、シミュレーションにもメンターとして参加した |
発表は計3回あり、最初と2回目の発表後に情報がアップデートされ、前提条件が変わるというゲーム性が取り入れられている。各部門の立場でロジカルに議論ができるようにするのが狙いであり、「実際の業務では全員が同じ情報で同じ力関係にあるというのはありえないが、あくまでシミュレーションなのでそこを楽しんでほしい」と藤村氏は説明していた。
資料の読み込みから議論を行い、初回の発表までは約2時間と短く、その後も同じぐらいの間隔で議論と発表が繰り返されたが、内容はきちんとまとめられており、議論が白熱する一面も見られた。
部門ごとにまとめた結果を計3回発表し、部門内と外でそれぞれ議論を行いながら開発業務について学べるようシナリオが設定されている |
大企業カーブアウト創薬ベンチャーの生の声から学ぶ
ワークショップ2日目は、創薬系ベンチャー企業経営者とのフリートーキングイベントとして、AlphaNavi Pharma株式会社の林洋次取締役が登壇。
AlphaNavi Pharmaは、新しい作用機序に基づく疼痛治療薬の開発を行っている同社について、大日本住友製薬発でのプロジェクトの始まりから臨床開発の停滞、外部資金活用の検討、そしてカーブアウトベンチャー設立までの注意すべきポイントとして、契約のやり取りや資本政策の重要性、ベンチャーならではのメリットなどを語った。
2日目のフリートーキングイベントではAlphaNavi Pharma株式会社の林洋次取締役が、カーブアウトベンチャーを選んだきっかけや現状の業務などについて語った |
林氏はベンチャーならではのメリットして、複数のプロジェクトが並走する大企業に比べて1点集中できること。その一方で雑務が増えて何でもやらなければならないことや、想像以上に早く資金がなくなるといったリアルな現状を述べた。
例えば、IPOによるイグジットを目指すと専門の担当者が必要で年間1000万円近い人件費がかかる。コンサルティングも入れなければならず、ベンチャーキャピタルなどの投資先からもIPO(新規株式公開)を含めたイグジット戦略立案を急かされるので、市場環境、競合状況も考慮して資本政策や計画を立てる必要があるという。
人材の採用も給料が高くなければ良い人材が雇えないが、資金は無いのでストックオプションで納得してもらうなど、状況に応じた考え方をすることが大事だとも話す。特に財務担当は企業設立の経験があり、全体を俯瞰してサポートできる人を確保すべきで、登記は費用がかかるのでタイミングを気をつけて行うのがいいとアドバイスしている。
カーブアウト後に見えた良かった点や気になる点、注意すべき点など体験者ならではの具体的な体験談が紹介された |
会場から、ベンチャーの立ち上げはとても大変そうだが何をモチベーションにしているかという質問があったのに対し、林氏は、「これまで複数のプロジェクトを手掛けてきたが途中で止めたものも多く、そのまま続けていればもしかしたら患者さんを救えたのではないかという思いがあった。今回はぜひとも創薬につなげたいと思ってカーブアウトを選択した」と話す。
本ワークショップの運営を担当するFBRIシニア・コーディネーターの野口毅氏も、患者さんにとってこの薬は有効だと信念を持ちながらどうしても会社では開発が続けられないという理由で起業を選択するベンチャーは少なくないと話す。製薬ベンチャーは社会課題を解決するという一面もあり、数億の資金と自分の時間を投資しても実現する価値が感じられるのかもしれない。
知財におけるアカデミア発ベンチャーの失敗を学ぶ
プログラムの最後は、特許庁の企業調査課 課長補佐 進士千尋氏が登壇。「創薬STARTUPs×知財戦略」と題し、特許期間の最大化やアカデミア発ベンチャーのよくある失敗といった、知財が深くかかわる事例やスタートアップ支援施策について講演を行った。
特許庁ではスタートアップ支援チームを2018年7月に設置し、特許庁初の知財アクセラレーションプログラム「IPAS」の実施をはじめ、スタートアップ向け知財コミュニティポータルサイトIP BASEの立ち上げなど、スタートアップの知財戦略を支援する活動を行っている。
プログラム最後の講演は特許庁の企業調査課 課長補佐 進士千尋氏が登壇し、製薬企業に必要な知財戦略や支援サービスなどを紹介した |
進士氏は、スタートアップにとっての企業価値は知的財産に集約されており、特に創業時の知財戦略は大事だと繰り返し強調する。知的財産はVCからの出資や大手企業とのM&A等において重視され、不十分な知財戦略で資金調達やイグジット等にマイナスの影響を与えることがあるからだ。
製薬企業の特許は、医薬品の製造・販売事業に大きな影響を及ぼすことから、特許の有効期間や保護範囲等に注意しながら取得する必要がある。コア技術を守る方法として、ブラックボックスもしくは特許出願があり、それぞれメリットとデメリットがある。
技術をブラックボックス化するのであれば、情報は人を介して漏洩するケースが多いため、情報管理体制を整えることが大事と指摘した。また、NDAの秘密保持義務には有効期限があるため、NDAを締結した相手が渡した情報をずっと秘密にしてくれるわけではないとの注意もあった。また、ブラックボックス化した技術について、他社が特許を取得するリスクもある。先使用権を主張することで技術を使い続けられる場合もあるが、そのためには日頃から証拠を確保する必要があり、さらに日本で先使用権が認められても海外で同じように技術を使えるわけではない。
コア技術を守る方法としてブラックボックスと特許出願があり、それぞれののメリットとデメリットが解説された |
他方、特許は技術を独占できる強い権利であり、投資家や顧客へのPRにも使いやすい。しかし、技術内容が特許出願から1年半で公開されるので、特許を取得できなかった部分については、この情報をもとに模倣が派生するリスクがある。また、特許取得のための費用も負担になる。
どちらを選択すればいいかはケースバイケースとしつつ、線引きをする目安を図解で紹介。また、バイオテクノロジーベンチャーのユーグレナや、北海道大学発のバイオ系スタートアップのジーンテクノサイエンスを例に、それぞれの企業が特許とブラックボックス化をどのように使い分けているかを紹介した。迷ったときや情報管理体制などの身近な相談先として関西知財戦略支援専門窓口があり、前述した知財アクセラレーションプログラムIPASも活用してほしいと話す。
創薬分野における特許期間は1日でも長くすることが大事である。特許期間は出願日から原則20年であるが、先の出願から1年以内に、優先権を活用した出願(後の出願)をすると、後の出願に新しい実験データを追加できるほか、特許期間は後に出願した日からカウントされるので、特許期間が最大1年延びることを説明。さらに、物質、用途、用法・用量に関する特許を順次取得し、特許ポートフォリオを形成することで、製品の実質独占期間をさらに延長することができる。独占期間の最大化のためには、初期の特許出願の時点から、それぞれの特許に何を記載し、どのような権利を取得するかを考えなければいけないので、創業時の知財戦略が大事とここでも強調していた。
1日でも長く特許期間を延長するための方法が詳しく解説された |
講演ではさらに、広い特許の利点とリスク、アカデミア発VBのよくある失敗などが紹介された。特許庁では、スタートアップによくある知財の落とし穴と対策をまとめた手引き書や成功事例集をIP BASEに掲載しているほか、Twitterでも情報発信を行っている。IP BASE登録メンバーには、弁理士などの知財専門家の検索、会員限定勉強会の開催、オンラインFAQなどのサービスも提供している。
また、特許庁は、スタートアップのスピード感に対応するため、特許審査の期間が大幅に短縮されるスーパー早期審査や、商標の審査期間を短くするサービスを提供している。さらに、スタートアップに対しては簡単な手続きで手数料を3分の1に軽減する制度も整えている。
特許庁スタートアップ支援チームのIP BASEでは様々なサービス提供や情報発信が行われている |
創薬系ベンチャーはAI活用などの影響もあり、国内だけでなく海外でも増える傾向にあると見られており、FBRIでは今回のワークショップのような実務に直結するイベントを今後も開催したいとしている。
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