現在の日本の食料自給率はわずか37%。約3分の2を海外からの輸入に頼っているという状況にありながら生産者の減少は止まらないなど、日本の食料問題については多くの課題が山積みとなっています。
そんな現状だからこそ「農・食・地域の未来」を視点に情報発信を続けているのが、京都で有機農業を営みながら、京都大学農学研究科にて世界の持続可能な食や農についての研究もおこなっているという松平尚也さん。
現場の視点と研究者の視点を併せ持ったハイブリッド型の農家ジャーナリストとして、一般的なメディアでは語られることのない「農業のリアル」をヤフーニュース個人などで発信しています。
「農村は超高年齢化(超高年齢化→高齢化)の真っただ中にあり、これまで続いてきた村自体の在り方も(主語全体→農業・農村は)、大きな転換点を迎えています。だからこそ、他者ではなく農家が正しく情報発信をしないといけないのです」と訴える松平さんに、日本の農業が現在抱える課題や進むべき未来などについて、じっくりとお話を伺いました。
「離農者が就農者を大きく上回ってしまっている」という現実
――農業に関して多岐にわたる活動を展開されている松平さんですが、現在課題と感じているのは主にどのような問題でしょうか。
松平:農業の担い手の高齢化については、戦後ずっと課題となっていました。しかし現在に至っても、解決の糸口が見えていません。農家や農業の継承、そして農村の持続については、難しい問題のままとなっています。
政府のほうでは「農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)」という補助金を交付するなど、農業を始めたいという若者を積極的に育てるための取り組みを続けています。
しかし新規に就農する新規就農者の増加は微々たるものであり、それを大きく上回る数の農家が離農している状況です。だからこそ、例えば若者のみを支援対象とするのではなく、多様な年代が活用可能な取り組みを始めるべきと考えます。
――新たに農業を始めたいと考えている人たちは、どういう層が多いのでしょうか。
松平:2018年の新規就農者の数は5.5万人、その内49歳以下は1.9万人と約3割に過ぎず、定年退職後に帰郷や移住をして就農するケースも多く見受けられます。
「安心・安全な食べ物」を作ることを目的に、有機農業を始めたいと考える若い人が増えているという統計結果も出ています。私が農家をしている京都の山間部にも有機農業に挑戦する若い人が増えており、そうした潮流を肌で感じています。
ほかに就農する人々に多いのは、子育て環境を意識して、都会から農村へ移る人たちですね。農村は空気や景観が奇麗ですし、豊かな自然環境の中で子育てしたいなどの理由から、田園回帰という流れを作っています。
ただ、都心からの移住者が新規で就農をするための受け入れ態勢や政策は十分とは言い難く、そこが大きな課題となっています。
「農家の現場の視点が欠けてしまっている」政府による農業支援施策の現状
――新規就農者を増やしたいという意向がありながら、支援制度が十分ではないのはなぜでしょうか。
松平:政府の農業政策が、企業的な農業の支援を重視していることが大きいです。大規模農家やビジネス的な農家による農業生産を増やすという考え方ですね。
しかし、いま実際に必要なのは「小農」や「家族農家」と呼ばれる小さな農業を応援する仕組みづくりではないでしょうか。
例えば子育て世代が農村に移住して農業を始めたいと考えたとしても、現状では手探りで農村を選び、見様見真似でなんとか農業をスタートさせるしかありません。これでは新規就農者は増えませんよね。最初から企業的な農業を開始できるケースなんて限られています。
また、現在の国際社会では小農や家族農家が再評価されています。特に国連では2030年に達成を目指すSDGs(持続可能な開発目標)において重要な「持続可能な農業」の担い手として、小農や家族農家に注目しています。風土や地域の資源を知る小農や家族農家こそが、農村の持続や発展に不可欠だからでしょうね。
――就農者減少の抜本的な解決のためには、もっと小農や家族農家の支援を国として手厚くする必要があるということでしょうか。
松平:国が推進してきた農業の大規模化は、農地の多くが中山間地であることから、大きな成果は上がっていません。
それどころか、農外企業参入や農協の解体など従来の農村の基盤を崩すような施策が進められたことで、農村を支える小農や家族農家の基盤を弱める結果を生んでしまっています。
全国で約133万ある日本の農業経営体のうち、企業化しているのは約3万。たったの2%にすぎない経営体に支援を集中させるのはナンセンスです。
未来を見据えた持続可能な農業や農村の持続を目指すのであれば、多様な形で農業や農村を支えている小農や家族農家に注目し、その基盤を支える政策を展開していくことが大切ではないかと考えています。
参照記事:どうすれば日本の農業は再生できるのか?~問題なのは現場と農業政策のズレ
――まさに農業の現場からのリアルな問題提起ですね。
松平:普通のジャーナリストは、ビジネス結果や数字などをもとに、都市生活者としての視点でしか農業を語ることができないという側面があります。そうした情報しか発信されていないという現状に対し、非常に危機感を覚えたのです。
現場が蔑ろにされたような情報しかないからこそ、農村や食べ物について想像することができない世代が作られてしまうわけですし、そういう世代が農業に従事する可能性は限りなく低くなると思います。
だからこそ自分が、農業従事者としてのリアルな現場の声の発信や問題提起をおこないたいと思い、農家ジャーナリストとなったのです。
――現場からの情報の発信こそが、日本の農業にとっては必要だと。
松平:農業・農村現場からの情報発信を通じて、命=食べ物が生まれる現場や、そこに生きる人びとの経験と物語を知ってもらうようなことも大切ではないかと思います。
そういう視点があれば、農業への根拠のないバッシングや、何かと誤解が多い農村への印象もポジティブなものにできるのではないかと考えています。
小農や家族農家が蔑ろにされているような現在の農業政策も、失策だと誰かが批判しない限りはずっと継続されてしまうでしょう。それを避けるためには、やはり政策の対象者である農家自身、あるいはそれに近い人が声を上げるべきと思っています。
先進国の中でも日本の食料自給率は特に低い一方、欧米では高い数字が維持されています。改善の方法はきっとあるはずなんです。
農家ジャーナリストとして発信したいのは多種多様な情報、そして物語
――2020年2月より配信開始の『農家ジャーナリストが耕す「持続可能な食と農」の未来』という連載は有料版となりますが、特にどのような情報を発信されていく予定でしょうか。
松平:農家ジャーナリストとして多様な視点で、農業・農村に関する情報を発信していきたいと思います。
実際に生産者と関わりがある人はもちろん、食に対して少しでも興味がある人には、ぜひ読んでいただきたいですね。また、農業政策に関わる行政や自治体、あるいは農協の方々にとっても意義あるような内容を発信していきたいと思います。
「食べ物と農業の現状」に関する情報は、メディアではどうしても蔑ろにされています。本当は農家の人が自分でいろいろな情報が発信できるといいのですが、農業は自然を相手とした営みであり、ほとんどの人が時間の区分なく働いているため実際には難しい。
だからこそジャーナリストである私が、そういう農家の人たちの代弁者として、より多くの人に届くような記事を書いていきたいと思っています。
――その中で特にこだわりたい情報発信は、どのようなものでしょうか。
松平:一番は現場の視点を生かした農業(振興)の物語ですね。
例えば野菜の歴史ひとつとっても、意外に知られていなかったり、誤った情報が発信されてしまっていたり。海外ではそういう話を教育で取り上げる国もありますが、残念ながら日本ではそうなっていません。それでは未来につなげることはできません。
だからこそ『農家ジャーナリストが耕す「持続可能な食と農」の未来』では、どうやって農業の未来を紡いでいくのかについて、常に読者に問いかけつつ、自分の考えを発信していく予定です。
例えば野菜の情報といえば栄養面や価格面、ダイエット効果に関して以外で取り上げられることは滅多にありません。でも本当に大切なのは、その背景にある野菜や生産者の物語です。そして、そうした物語こそがSDGs達成に向けた取り組みの中で注目される必要があると感じています。
農家ジャーナリストである自分が多様な情報発信をしていくことで、少しでも広く多くの人に豊かな農業や農村の情報が届くようになれば、と考えています。
松平尚也(まつだいらなおや)
農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリスト。京都市・京北地域の有機農家。京都大学農学研究科に在籍し世界の持続可能な農や食について研究もする。NPO法人AMネットではグローバルな農業問題や市民社会論について分析している。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜の宅配を行いレシピと一緒に食べ手に伝えている。また未来の食卓を考えるための小冊子「畑とつながる暮らし方」を知人らと出版(2013年)。ヤフーニュースでは、農家の目線から農や食について語る「農家が語る農業論」、野菜の文化や食べ方を紹介する「いのちのレシピ」、持続可能な旅を考える「未来のたび」などを投稿する予定。
【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の定期購読記事を執筆しているオーサーのご紹介として、編集部がオーサーにインタビューし制作したものです】
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February 21, 2020 at 10:31AM
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