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農業にプラズマを活用して持続可能な食糧生産システムを - 金子 俊郎|論座 - 朝日新聞社の言論サイト - 論座

世界的に注目を集める新基軸、化学農薬や肥料を減らせるか?

金子 俊郎 東北大学大学院工学研究科教授(プラズマ理工学)

拡大埼玉県越谷市と協力して実施しているプラズマを利用したイチゴ栽培実験。機械からプラズマ活性ガスを溶解させた水を噴霧することで病害防止ができているという=同市農業技術センター提供
 「プラズマ農業」が世界的に注目を集めている。ここ数年、国内外の学会等で盛んに議論され、化学農薬・化学肥料の低減、水・大気・土壌の清浄化、食糧生産性の向上に役立ちそうだと基礎実験や実証実験が各地で進められている。 

プラズマが簡単に生成できる技術が開発され、農業応用が可能に

拡大プラズマの生成と気相中の組成(電子、イオン、活性種)
 プラズマとは、固体、液体、気体に続く物質の第四の状態で、図に示しているように中性粒子に高エネルギーの電子が衝突することで生まれる。負電荷の電子と正電荷のイオンが飛び交っている集団と考えれば良い。電子やイオンがぶつかる相手(ガス)に酸素や窒素が含まれている場合には、化学的反応性の高い「活性種」と呼ばれる分子も同時に生成される。特に、酸素を含む活性酸素種、窒素を含む活性窒素種などが生物学の分野で注目を集めている。

 これまでは、人工太陽を地上に作る核融合の研究や、あるいはナノスケールの微細加工技術に欠かせないものとして、主に物理学や電子工学の分野で研究されてきたプラズマだが、大気圧環境下で生成する技術が開発されたことで農業などへの応用が可能となった。その具体例を紹介しながら、プラズマ農業の可能性をお伝えしたい。

殺菌作用が実験で解明できた

 筆者らは、大気圧中で空気と水を原料とし、電極間に高電圧を印加して放電を起こして生成する「大気圧空気プラズマ」を使用して、農作物に感染する病原菌、ウイルスを殺菌(不活化)し、それによって農薬の使用量を減らして、最終的には農薬を使わずに栽培することを目指して研究している。

拡大宮城県山元町で実験中の自走式プラズマ噴霧システム。挿入図は大気圧空気プラズマ装置の模式図。

 宮城県山元町での実証実験では、イチゴベンチに沿ってゆっくり自走しながらプラズマを噴霧する「自走式プラズマ噴霧システム」を稼働させている(写真)。大気圧空気プラズマ中を通過させた殺菌成分を含んだ空気(これを「プラズマ活性ガス」と呼んでいる)を噴霧すると、イチゴ苗(葉、茎、実、等)の表面に存在する病原菌を死滅させることができる(殺菌作用)。

 詳細な殺菌実験は東北大学の実験室内で行っている。イチゴの病原菌の中でも感染力の強いイチゴ炭疽病菌を調べ、プラズマ活性ガスが胞子(分生子)の発芽を抑止することを確かめた。イチゴ炭疽病菌は糸状菌(かび)であり、胞子(分生子)が発芽して感染していくので、感染拡大を防ぐためには発芽を抑止することが有効である。

 実際には、病原菌は葉などの表面の水滴に存在している場合が多いため、プラズマ活性ガスが水に溶解して、その水の中で生成される成分が殺菌作用を示す。具体的にそれがどういう成分なのかについても調べ、複雑な化学反応の中で生成された液相中(水中)の活性種、過酸化亜硝酸HOONOおよび過硝酸HOONO2だろうと突き止めた。

 ここで重要なことは、液相中で生成される過酸化亜硝酸や過硝酸の寿命が非常に短いことだ。数秒から数分以内で硝酸イオン(NO3-)に変化して、殺菌効果を有する成分(これは植物にも何らかの影響を及ぼす可能性がある)が農作物上にほとんど残留しない。そこは大きな利点である。

成長促進作用や免疫強化作用もありそう

 さらに、過酸化亜硝酸等が反応して生成される硝酸イオンは窒素肥料の成分の一つであり、植物の「成長を促す」活性種の一例である。

 一方、プラズマ活性ガスに含まれる五酸化二窒素(N2O5)が溶液中で電離して生成されるニトロニウムイオン(NO2+)は、やはり寿命が短い活性種であるが、細胞中のタンパク質等を化学修飾する能力を有し、細胞膜輸送の誘導や病害抵抗性遺伝子の発現を通して、「植物免疫強化」を促す効果がある可能性が示唆され、精力的に研究が進められている。

 このように、プラズマには殺菌作用だけでなく、成長促進作用や植物免疫強化作用も期待できる。実は、「雷の多い年は稲が豊作になる(だから雷のことを稲妻と呼ぶという説がある)」という言い伝えがあるように、雷(プラズマの一例)が農作物の成長を促進させることは経験的に分かっていたといえる。近年、実際にプラズマを照射することで稲だけでなく、キノコやかいわれ大根等の成長が早くなることも実験により明らかになっている。

 その他にも鮮度保持作用、機能性成分制御作用なども報告されており、これらの作用をうまく使えば、化学農薬や化学肥料の使用量を減らすことができる。また成長促進作用によって栽培期間が短縮できれば農作業の労力も減り、生産コスト削減に貢献できる。

温室に透明太陽電池を組み込む

 これら有用な作用を引き起こす活性種は、全て空気(窒素と酸素)と水(水素と酸素)のみを原料とするプラズマから生成されており、他の元素を含む化学薬品を必要としていない。筆者らは、この空気プラズマを用いることで、農薬や肥料等の植物育成に必要な化学薬品を極めて安価な空気と水の構成要素である窒素、酸素、水素のみの化合物で代替して農業に活用する「プラズマアグリ」を提唱している。目標は、安定した持続可能な食糧生産を行うことができる「サステナブルファーム」の実現である。

拡大サステナブルファームの例

 具体的なアイデアとしては、図に示すようにガラス温室の屋根部分や壁に、農作物の生育に必要な光は透過させる透明太陽電池を組み込み、そこで発生した電力で大気圧空気プラズマを生成し、これを使ってプラズマ活性ガスやプラズマ照射溶液を作る。これらにより温室内の大気、水、土壌の殺菌・消毒をするとともに、植物免疫強化や植物成長促進も実現する新しい食糧生産システムである。

 2018年からは埼玉県越谷市と協力し、このアイデアの一部を同市農業技術センターにある総合試験温室とイチゴ栽培設備に実装し、実験を続けている(冒頭写真)。

まだ多い課題を異分野連携で解決していきたい

 プラズマアグリにはまだ課題も多い。実験室内では環境を制御して再現性のある実験が行えるが、農場などの現場においては生成される活性種を完全には制御できていない。活性種の種類や生成量はプラズマの生成条件や周囲の環境(気温や湿度)によって大きく異なるのが現状だ。

 また、いくつかの活性種に殺菌作用があることは明らかになっているが、それら以外にも殺菌作用を示す活性種があることが予想されている。さらに、成長促進作用、免疫強化作用を引き起こす活性種が何であり、またどのようなメカニズムであるのかは未だ不明な点が多く、いま全世界でその解明に取り組んでいる。2020年3月にドイツで第3回プラズマ農業国際会議が開催予定で筆者も招待講演の予定であったが、新型コロナウイルス感染症の影響で延期となったのは、やむを得ないとはいえ、残念なことだった。

拡大プラズマバイオコンソーシアム署名式の記念写真=2018年6月1日、東京都港区、プラズマバイオコンソーシアムHPより

 日本では、自然科学研究機構「新分野創成センター」が中心となって2018年に名古屋大学「低温プラズマ科学研究センター」および九州大学「プラズマナノ界面工学センター」と、プラズマバイオロジー研究共同体「プラズマバイオコンソーシアム」を立ち上げた。プラズマ科学のみでなく、医学、農学、生物学、植物学、等の研究者が集結して、プラズマが動物や植物にどのように作用するのか基礎的研究を行うとともに、応用技術開発をサポートする仕組みである。筆者もこのコンソーシアムのプロジェクト研究に参画しており、今年度は筆者がセンター長を務める東北大学大学院工学研究科「非平衡プラズマ学際研究センター」も組織としてコンソーシアムとの関係を強化していく予定である。

 これらの異分野連携での研究を推進することで、サステナブルファームを早急に実現したいと考えている。

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May 26, 2020 at 03:28PM
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