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農業が文明を滅ぼす時代に、SFがなすべきこと:ソニーCSL舩橋真俊 × SF作家・津久井五月 - WIRED.jp

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複雑系科学を応用した協生農法

津久井五月(以下、津久井) 船橋さんが執筆された「表土とウイルス」などの記事を読ませていただきました。なかでも土をむやみに耕さずに多種の植物を混植する「協生農法」に強い関心を抱いたのですが、この農法はどのような経緯で生まれたのでしょうか?

舩橋真俊(以下、舩橋) わたしは生物学全般と数理科学・物理学を修めたうえで、特に複雑系の理学的な知見をベースとして生態系を捉えています。一方で、自然科学というよりは経験的な栽培法を元に実学的、特に工学的に作物を扱ってきたのが従来の農業や農学のアプローチです。

「協生農法」は慣行の農業の延長ではなく、食料生産を行なう生態系として理学的視座からまったく新たに考えうる一種の極論なのです。複雑系の考えを応用すれば、肥料や農薬を投下することが前提の従来のモノカルチャーとは異なる様式で、生物多様性と生産性を相乗的に高め合うことができると考えました。異なる生物種同士が利益を享受する相利共生という考えがありますが、多様性が高い生態系は人為的なインプットなしで持続的なバイオマス生産が可能です。さまざまな関連分野の知見から一般論の方向性は見えていたのですが、協生農法の具体的な実装手法については、実際に生物多様性を高めながら食料生産を実践されている企業のほうがいたので、コラボレーターになっていただいて実験を進めました。

自己組織化する健康な表土

津久井 どのような狙いで協生農法を研究されているのですか?

舩橋 食料生産を起点に、持続可能な食・健康・環境の良循環を達成するためです。人間活動によって都市化や農地転換などのさまざまな開発が進むと生物の多様性は減ってしまいます。しかし、人口増加や気候変動をはじめとする環境問題やそれと連動している健康問題などに対処するためには、生物の多様性を増やすことが重要であり、これまでのモノカルチャーをいくら効率化・大規模化しても解決しません。むしろ食料生産の大多数を占めている小規模農法において、生態系レヴェルでの最適化を行なってゆくことが必要になります。

津久井 協生農法において、健康な表土を保つことが重要であると「表土とウイルス」のなかで書かれていましたが、健康な表土とはどういった状態のものを指すのでしょうか?

舩橋 健康な表土とは、多様な微生物が共生系をつくっている状況です。表土においてウイルスは非常に重要な存在です。ウイルスは微生物に感染して遺伝子発現を変容させるので、微生物間の一種のコミュニケーターの役割を担っています。短期的には多様な微生物を全体的に協調させて働かす役割があると言われており、長期的には生物種を超えて遺伝子を水平伝播させ進化に貢献していると考えられています。

微生物が多様に存在して活性が高いと、土壌中の物質循環=フローが促進されます。従来の農学領域では土地を肥やすという言葉にある通り、土中の栄養素の貯蓄=ストックを増やすことを第一目標に、肥料などを追加して植物を成長させようとしてきました。

しかし、たとえストックが小さくてもフローの回転が速く大きいのであれば強壮な生態系は育ちます。気温が高く降水量の多い熱帯雨林などがよい例です。熱帯雨林の表土は痩せておりストックがほとんどありませんが、高い気温と豊富な降水量でフローが最大化されるため、地上部には高く多層の生態系が生まれ、それと相互に支え合うかたちで土壌機能が維持されています。

これは従来の農業の考え方とは逆行した考え方です。人間は歴史的に生態系内の物質循環や食物連鎖などの複雑なフローを網羅的に観測することができなかったため、経験的に確立してきたモノカルチャーでは、植物はストックで育つものだと考えられてきました。しかし、フローが正しく構築されさえすれば、病原体の抑制、土壌侵食の防止、地下水涵養などに貢献するさまざまな土壌機能が実現するわけです。そのような表土においては、生態系レヴェルで多種が共存しながら成長していく自己組織化が起こり、与えられた気候条件で可能な範囲で全体の機能が自律的に向上します。

津久井 フローの大きな健康な表土をつくるためには、微生物をうまく使えばいいということですね。そのために、色々な植物を混植するという方法を取るのはなぜでしょうか?

舩橋 協生農法がターゲットとする小規模で多様な作物群集を維持するには、植物を主なツールとして使ったほうが本質的だと考えています。確かに、微生物は土壌機能の多様化を担いますが、生態系の一次生産を担うのは太陽エネルギーを有機物に変換できる植物です。それを食べる動物や昆虫、その排泄物や死骸、それをもとに生きている微生物がいて、それぞれの段階での多様性に基づいた機能が発揮されるのです。

植物の多様性を増やせば、必然的に微生物の多様性も増えていきます。また、植物のほうが目で見て手で触れられるスケールのものなので、日常的に操作しやすく計画を立てやすいという実装上の利点もあります。気候や地理条件によって活用できる植物は異なりますが、いずれにせよ、さまざまな種が相互作用し合う生態系コミュニティの状態と植生遷移のダイナミックスを制御することで健康な表土は維持されます。

微細なセンシングだけでは答えは出せない

津久井 農業や環境問題対策においてフローが重視されるようになった要因としては、センシング技術など科学技術の発展も影響しているのでしょうか?

舩橋 現在、衛星からのリモートセンシングで地球上の光合成量などはリアルタイムで推定できますし、メタゲノミクスによる土壌中の微生物を定量化するアプローチも発展してきています。しかし、生物学的な指標の解釈やその再現性についてはリモートセンシングと実地調査で食い違うところも多く、まだまだ議論の余地がある状態です。そもそも網羅的測定がいいのかという疑問もあります。

モニタリングして現状把握したら、科学者には解決策がわかるわけではありません。モニタリングした瞬間にそれは過去の情報でしかないので、複雑系が相手の場合は依然として大雑把な未来予測しかできないのです。気象予報でも3日先はわかっても3カ月先の天気は予想が難しくなります。気候変動のグローバルな予測モデルはすでにありますが、新しいデータが出るたびに大幅な修正が必要です。生態系は物理的な気象モデルなどよりもっと複雑です。

気候変動の影響による植生や生態系の分布の変化のモデルは正確なものがなく、実地で観察するしかありません。また、わたしたち人間社会の活動自体も時代とともに劇的に変わるものです。例えば、祖先をビッグデータ化したところで、人類の次世代の文化や経済状況、戦争の有無、社会体制の変化などをシミュレートできません。

津久井 複雑な事象に関しては、単に正確なデータを集めるだけでは未来を予測できないと。

舩橋 わたしは学生のときに東京大学医科学研究所でウイルスの研究をしていたことがあるのですが、当時は冬が来るたびにインフルエンザが猛威を振るい、年々病原性が強くなっていると言われていた時期で、同時に家禽類にも致死率の高い新種のインフルエンザが発生し始めたころでした。

あるときその分野の教授に、環境負荷によって生態系サーヴィスが失われることで、動物で新たに発生した新種のウイルスが人間にも宿主域を移して強毒性をもつのではないかと聞いたことがあります。そのときの回答は、「生物学的にそれらの事例はいまだ報告されておらず、仮に可能性があったとしても測定されない限り事実として認められない」というものでした。

その数年後ご存知の通り、鳥インフルエンザが人間にも感染し猛威を振るいました。ウイルスの宿主域の変化はウイルス学的に一般的に知られる現象ですが、エヴィデンス構築を規範とする科学者は、現実問題としてその発言に責任を取れないため、それらの憶測を公的に発表できません。予見という意味では、仮に知識があろうとも専門分野の科学者は解決策を導けるわけではないのです。

文明は農業で滅ぶ

津久井 新型コロナウイルスの由来がセンザンコウやコウモリなどの野生動物である可能性が指摘されていますが、一般に野生動物との接触は人間の健康にどのような影響を与えると考えますか?

船橋 本来病原体というのは、生態系のなかで人間も含めた動物の免疫を高く保ち強健な集団を維持する役割を担っています。免疫が高い状態の動物と人間が接触する限りでは大きな流行は起こりませんが、動物と人間両方の免疫が弱っている状態での接触は重篤な人獣共通感染症を大規模に媒介する恐れがあり、世界的に感染が拡大するとパンデミックと呼ばれます。そして、そのような接触を生み出す原因は往々にして人間側にあるわけです。人間の開発が自然環境にまで及ぶと表土を荒らしてしまうため、そこで生育する植物の多様性やその栄養素、そしてさまざまな生物間相互作用も損なわれ、連鎖的に野生動物の免疫機能が落ちた状態になります。さまざまな病原体に侵入された動物が、文明社会の生活で免疫を弱めた人間と接することになってしまう。

開発するとしても、協生農法を始めとした環境構築型の方法で健全な表土機能を自然状態以上に高めれば、さまざまな動物との共存可能性も高まります。植物の薬効成分の多様性が高い状態にもなるので、それを食べて生活する人間の免疫力も高まり、全体的な免疫レヴェルは高く保たれるでしょう。人間と自然、両方の免疫力を上げられる関わり方の構築が重要になると思います。

現在、最も広い面積で表土に関与している人間活動は食料生産なので、これを生物多様性や表土機能を高める方向に転換していくことが決定的に重要です。過去の文明のほとんどは、軍事的な要因ではなく農業により衰退や滅亡しています。戦争は国を滅ぼし得ますが、戦禍を免れた過去の文明の多くは農業による環境破壊によって滅んできたのです。一次産業のあり方を変えない限り、持続可能性が脅かされ続けるという構造は、いまの科学技術文明においても例外でなく、むしろ人類史上最たる脅威となっています。

第4の権力としての「科学」

津久井 新型コロナウイルスの流行を機に、自然と人間の関係を問い直す気運が高まっています。農業以外の分野で、わたしたちは何を変えていくべきだと考えますか?

船橋 わたしたちの社会が依って立つ民主主義や三権分立の仕組みをアップデートするべき時期が来ていると思います。三権分立は約270年前のモンテスキューの『法の精神』に書かれた概念で、専制君主制から共和制への移行期のなかで権力の独裁を防ぐシステムとして考案され、近代国家形成の基盤となりましたが、それ以来メジャーアップデートがありません。

三権分立のままでマネージメントに失敗し続けているものの代表が「環境問題」です。科学諸分野は半世紀以上前から警鐘を鳴らしていましたが、それを政策的な意思決定に反映するための努力はいまだ足りていません。多様なステークホルダーの短期的な利害関係、特に政党政治に左右される間接民主制により長期的に重要な意見は薄れてしまい、実際の問題の複雑性にはほど遠い、対症療法的な単純化された施策しかとれていない状況です。

一部の政治家や国の代表者の会議に任せるのではなく、一人ひとりの市民が科学的プロセスを武器に持続可能性の番人を務め、市民社会の直接の行動が司法・立法・行政に次ぐ第4の権力を担っていく必要があると考えています。そのための支援ツールや科学的議論の方法、測定法などは、産業革命以降にほとんど出揃っています。民主主義のフレームワークに、第4の権力として市民が主体的に担っていく科学としてのシチズン・サイエンスを組み込むべきだと考えています。

例えば、公害問題が発生したプロセスを調べると、要所要所で住民の意見が抑圧されたり、科学者が事実を隠蔽したりする場面が出てきます。これらの声をきちんと客観的にすくい上げて、政策決定における拒否権をもった主体のひとつとして定位するだけでも、熟議民主主義に向けて大きく前進できるはずです。

いま、新型コロナウイルスによって、全人類がひとつのことに注意を向けています。それはあまりにも巨大で複雑な現象でありながら、一部の専門家や政治家に経済の趨勢やライフスタイルまでも強力に制限させてしまう葛藤を孕んだ、現在の社会体制や意思決定の制度では対処しきれない問題だと思われます。新型コロナウイルスという共通の事象を核に、あらゆる産業セクターや個人が、今後の生き方について対話を始めているのです。同じように、環境問題という大きく複雑な問題についても、その解決に向けて実現すべき社会像を模索し共有していくことはできるのではないでしょうか。

今回の話が作品のインスピレーションになればうれしいですが、過去のエヴィデンスにがんじがらめの専門科学的知見に対して、SF的想像力は非常に自由度が高く面白いものだと考えています。極論ですが、“SF”を冠すれば何を言っても許されるからです。SF作品は、人類滅亡でも宇宙移民でもあらゆるシミュレーションが可能で、科学技術が取り扱えていない事象を数十年先んじて語れます。

それでも本当に面白い実質的な世界はやはり科学の進展のなかから出てくるもので、今後2050年までは食料生産や生物多様性の増進、持続可能な社会組織への転換や地球環境の回復に大きな展開が期待されます。それらを先取りするかたちで、次世代の持続可能な文明・社会・生態系に対するSF的な想像力が大いに拡がってほしい。それはこれまでも文学が担ってきた、人間性の核心を掘り下げ更新していく行為だと思います。そこにサイエンスを含めた現実のロジックがつながってくると、ディストピアの憂鬱でもなく、進歩主義の幻影でもなく、これからの人間活動に大きな希望をもてるのではないかと思います。

舩橋真俊|MASATOSHI FUNABASHI
ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャー。一般社団法人シネコカルチャー代表理事。東京大学にて生物学、数理科学を修め、仏エコールポリテクニク大学院にて物理学博士(Ph.D)取得。獣医師免許資格保持。サスティナビリティ、環境問題、健康問題の交差点となる食料生産において、生物多様性に基づく協生農法(Synecoculture)の構築を通じて、人間社会と生態系の双方向的な回復と発展を目指す。

津久井五月|ITSUKI TSUKUI
1992年生まれ。東京大学・同大学院で建築学を学ぶ。2017年、中編小説「コルヌトピア」で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。デザイン、生き物、風景などをテーマに小説を執筆している。著書は『コルヌトピア』(ハヤカワ文庫JA)。

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