高価で希少な石を用い金銀プラチナなどの精巧な細工でみせるファインジュエリーに対し、より自由に素材を使い、作家のオリジナリティーを重視するものをコンテンポラリージュエリーと呼ぶ。素材はプラスチックやガラス、シリコン、木材、布、石、アンティークまでさまざま。現代アートを好むような個性や遊び心を楽しむ人たちが愛好家となり、海外ではよりジェンダーレスに受容されている。
ドイツ南部の都市・ミュンヘンは、毎年3月に「ミュンヘンジュエリーウイーク」が開催される欧州のコンテンポラリージュエリーの中心地だ。今年は5日間にわたって市内のギャラリーやポップアップ会場など50カ所以上で展示販売が行われ、世界各国から作家、バイヤー、個人コレクターからジュエリーを専攻する学生までが集いにぎわった。現地を訪れ人気の秘密を探った。
中心となるのは1959年から行われている「シュムック(ドイツ語でジュエリーの意)」という名の公募展だ。なぜミュンヘンなのか。「この地域は、19世紀から手工芸の歴史を大切にしてきました」。シュムックの運営代表を20年間務めたヴォルフガング・レッシェさんはそう語る。「第2次大戦の悲惨な体験を乗り越え再び生活の質を向上させるために、国際的に手工芸の文化を復活させる必要があると考え」、美術史家の故ヘルベルト・ホフマン氏がシュムックを創設した。
73年からは最高賞にホフマン氏の名前を冠し、毎年3人のジュエリー作家が選ばれている。2023年は世界各国から657人の応募があり、ノルウェー、ニュージーランド、ドイツの3作家が受賞。日本人作家の参加も多く、近年では11年、13年〜15年、19年と相次いでホフマン賞を受賞している。
日本人作家がミュンヘンを目指すのは、コンテンポラリージュエリー界の重鎮で親日家のオットー・クンツリさんの存在が大きい。クンツリさんは1977年にホフマン賞を受賞し、2014年までミュンヘン芸術アカデミー・ジュエリー学科の教授を務めた。在任中には彼のもとで勉強したいと多くの日本人作家が留学した。
「平松保城(やすき)や伊藤一廣といった工芸家との交友から、70年代に日本を訪れたのが始まりです」。日本とのつながりをクンツリさんはそう振り返る。「感性豊かな歴史を背景とした手作業の技術や知識が残っている日本を何度も訪れ、大きな影響を受けた」と言う。作品の中には印鑑を使ったものや、備長炭を使った「Hana-bi(花火)」「In'ei(陰翳)」といった日本語名の指輪などもあり、15年には東京都庭園美術館で展覧会が開催された。
日本とコンテンポラリージュエリーの親和性について、「すべての石に価値があると考える神道、天然樹脂から生まれた素晴らしい素材の漆。宝石や金銀といった欧州的な素材のヒエラルキーから解放され、先入観がない」と指摘する。着物の帯留めやかんざし、男性の根付といった独自の装飾文化が存在することも強調する。「ミュンヘンにやってきた生徒たちは社会や政治の側面も学び、再び素材と向き合うことになります。そのとき先入観のない自由な感性は大きく役立つのです」
クンツリさんの下で学んだ日本人の中には、卒業後もミュンヘンで活動を続ける作家がいる。金属を糸のような繊細さで作品にするいしかわまりさん、カメラレンズの輝きを作品に反映させる鎌田治朗さん、トンボの羽のモチーフや刺しゅう作品を展開する竹内美玲さん。3人はジュエリーウイーク期間中に欧州出身の作家と並び、個展やグループ展で作品を披露した。寺嶋孝佳さんは、自作も含む国内外の日本人作家作品の展示を企画し、存在感をアピールしていた。
愛好者の熱気も作家の創作欲を支える。ジュエリーウイークに合わせて現代美術館のピナコテーク・デア・モデルネで開かれた企画展のオープニングには、お気に入りの作家のブローチやネックレス、自作品をまとった人たちが集まった。
「特別な時にはブローチをつける」と話すのは、ITセキュリティー会社で働く50代の男性。妻の影響でコンテンポラリージュエリーに興味を持ったそうで、ミュンヘン名物にちなんでセラミックの白ソーセージのブローチをつけていた。オランダ人のコレクター夫婦は収集が共通の趣味で、現在、200〜300点を持っているという。15年以上、毎年ミュンヘンに来るのを楽しみにしており、「新しい作家を知ること、アート同様に家で鑑賞する楽しみもある」と話す。作家のいしかわまりさんは、「作品の購入者が美術館での展示までオーガナイズしてくれたことがある」と語る。
愛好者はシニアだけではない。12年に若手有志が結成した団体カレント・オブセッションは会場の地図や冊子、ポスターなどを制作し、若者や学生にもジュエリーウイークの認知を広めた。今年は若手や学生の作品の展示、販売、カフェを展開し、来場できない人のためにデジタル展示も始めた。
「絵画などと違い、コンテンポラリージュエリーは投資には向きませんよ。転売されず、よりパーソナルな存在となるからです」とクンツリさんは笑う。作る側も装う側も、個の楽しみの究極の世界が広がる。
ライター 浦江由美子
Wanying Xie撮影
[NIKKEI The STYLE 6月11日付]
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