
「コスチュームジュエリー」と呼ばれるジュエリーがある。貴金属を使わず、その時代のファッションなどに合わせ作られた装身具のことだ。金やダイヤのように素材自体に価値がある宝飾品と違い、流行と共に生まれ、流行が終われば消える運命にある。様々な金属のほか、木や貝などの自然素材、ガラスやプラスチックまでもが素材として使われる。世相や流行をいち早く反映するものでもある。
パナソニック汐留美術館(東京・港)で「コスチュームジュエリー 美の変革者たち」と題した展覧会が開催中だ。展示はポール・ポワレの夜会用マスクとブレスレット「深海」(1919年作)で始まる。額から鼻までを覆う青いマスクは、メタリックチュールにビーズやラインストーンが縫い付けられている。よく見るとモチーフはタコだ。「ポール・ポワレが妻のために作ったもの。彼は定期的に仮装パーティーを開いていた」。自身のコレクション約450点を出品し、展覧会監修も行ったコレクターの小瀧千佐子さんは説明する。

ファッションデザイナーとしてコルセット不要のドレスを作り、女性の自然な身体美を再評価したポワレは、コスチュームジュエリーの先駆者でもある。デザイナーが顧客の頭からつま先までをトータルでデザインしていた時代、そのスタイルの重要なパーツとしてコスチュームジュエリーはデザインされた。素材の価値にとらわれず、デザイナーが自身の美意識を自在に表現してきたことが展示からもよくわかる。
時代の経過とともに忘れられがちだったコスチュームジュエリーが近年、数十年以上の時を経てビンテージ品として価値を増したり、アートとして注目されたりするようになった。こうした潮目の変化を背景に、高い価値を持つ作品を集めたのが今回の展覧会だ。ポワレのようなオートクチュールの一点もののほか、高級既製服に合わせ数量限定で作られたプレタポルテ、一般向けに広く流通した商品も合わせ、このジャンルの発展の足跡をたどる。

ポワレの「深海」は、小瀧さんがベルギーの収集家から譲り受けた。「届いた時はチュールがボロボロ。ビーズを通した糸も今にも切れて、ビーズが落ちそうな状態」。似たチュールを探し染めるところから始め、ビーズ一粒一粒、一針一針、2年がかりで修復したという。
その作業は、作り手の思いをたどる時間にもなった。額のカーブや鼻の立体感は、妻の美しさを際立たせるための仕立て。マスクの緻密さとは対照的に、ブレスレットは鉛筆で走り書きのある紙が台紙になるなど、即興的な作り。後から必要になり一夜のために急いで作った様子が浮かび、一瞬きらめいては消えていくコスチュームジュエリーらしい勢いを感じさせる。

展覧会はガブリエル・シャネルやエルザ・スキャパレッリといったデザイナーの作品へと続く。30年代にライバルとして火花を散らし、世相を映したインパクトある作品を生み出した。象徴的なのはスキャパレッリの首飾り、「葉」だ。一枚一枚薄い金属板から切り出した葉に葉脈模様をプレスし、メッシュのリボンに縫い留めてある。「着けると葉っぱが立ち上がって、動きに合わせてカサカサと動く」(小瀧さん)。制作は37年ごろ。戦争が始まりそうな時代にも、スキャパレッリは年2回のコレクションを開催。「自然を大事にという主張の裏に、戦争はもうたくさんだというメッセージも感じられる」
真っ赤なハートに3本の矢が刺さったクリップ「ハート」(38年ごろ作)もスキャパレッリの作。傷ついた人の心を表現したデザインだ。「自分をアーティストと自任し、世相や流行をまっすぐに表現している」と小瀧さんは解説する。

展示を通じて伝わってくるのは、コスチュームジュエリーが本物の宝石を使わなかった「模造品」では決してないということ。模造品のパールを積極的に使ったシャネルは、優れたデザインこそ本質とみた。展覧会を担当した学芸員の宮内真理子さんは「にせ物が本物になった。価値がひっくり返る、そのありようを見てほしい」と話す。
ビンテージのコスチュームジュエリーへの評価は、流通の風景も変えている。英紙フィナンシャル・タイムズはシャネルの例を挙げ、希少な作品は探し出すのがより困難になったと指摘。ビンテージ品の取引価格は過去3年間、毎年30%上昇しているという。


コスチュームジュエリーに長く関わり、2010年にアクセサリーミュージアム(東京・目黒)を開館した田中元子さんは、こうした高値売買について「量産品とは異なりあらゆるリソースを注いで作られる作品たちが、身につけられるアートとして取り扱われている」と話す。小瀧さんも「世界のセレブリティーが関心を寄せ、最近は手が届かない値がつくようになった」と実感するという。今回も展示されていたリーン・ヴォートランによる遊び心あふれる作品の数々は、その筆頭格だ。
スキャパレッリの「ハート」を身につけるとき、「なぜか姿勢を正してしまう」と小瀧さんは話していた。デザイナーが生きた時代、生き様、思い。小さなジュエリーは様々なメッセージを込め、私たちを過去とつなげる。あなたの装いにメッセージはあるの? そう問いかけられているようでもある。
沢田範子
山田麻那美撮影
[NIKKEI The STYLE 11月26日付]
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